台所に立つことの動機は、やはり「お腹がすいた」、「おいしいものが食べたい」、それで十分なのだ。シャンソン歌手「藤原素子」が綴る、日々の、普通の食卓のレシピ

貧すれど鈍せず

肉なし肉じゃが

子供の頃から、すき焼きの具に外せないものがある。

我が家のすき焼きは当然関西風で、肉や野菜を牛脂で焼いてはその都度砂糖としょう油で味付けしていくもの。焦げそうになったらごく少量の水を加える。

始めて関東のすき焼きを食べた時の衝撃は今でも覚えている。これを果たしてすき焼きと言っていいのか?これでは「すき煮」ではないか。
具が入っていないいなり寿司、フワフワのうな丼を食べた時と並んで、上京時のショッキングな出来事だった。

ところが関東の人にとっては、我が家のすき焼きこそショッキングなものかも知れない。
やたらと具が多いのだ。

東京の粋でいうと、肉にネギ、春菊にしいたけ焼き豆腐といったところか。通人は肉と白ネギしか入れないそうだし、そのネギも5センチに切ったものを、立てて煮るそうだ。しかも肉なら肉を煮ては食べ、次はネギを煮てという具合に、肉とネギは鍋の中で同居することなく食べるとのこと。

我が家のすき焼きの具はこうだ。
肉、青ネギ、春菊、しいたけ、白滝、豆腐、麩、ニンジン、玉ねぎ、大根、白菜、じゃがいも、その他冷蔵庫にあれば、えのきでもシメジでも。
特に玉ねぎや大根は、肉の味を吸って大変よろしい。じゃがいもだって同様である。
その中でダントツに私が好きな具というのが「麩」なのである。

子供のころは、すき焼きに麩がないとダダをこねたもので、私用にと大量の麩が投入されたものだった。
なにしろこの麩こそ、すべての肉と野菜の旨みを吸い取った、まさに「美味しいトコロ」そのものなのだ。「真髄」と書いて「フ」と読ませてもいいくらい。他の人が食べた肉野菜のいいところを吸った麩。ああなんて素晴らしい。

さて、月日は流れて今に至っても、麩は必ず買い置いてある食品だ。
大抵は汁物で、みそ汁にもすまし汁にも使う。胃にもやさしいホッとする味だ。
残念ながら、とある事情があってすき焼きに登場する機会がないのが不憫だ。そう、牛肉の登場がなければ、うまいトコロを吸う出番はない。

ならばと考えて、何も麩に吸わせる為だけに大量の牛肉は要らない、ほんのちょっぴりのダシ代わりだものと、かけらのような肉に我が家のすき焼きの具を投入してみたものの、玉ねぎやじゃがいもが比率としては多くなってくると、これはもうすき焼きではなく、「肉じゃが」の様相を呈してくるのであった。

そこで肉じゃがの話になるが、関東では豚肉でも肉じゃがを作るとのことを聞きつけて、豚じゃがなるものを作ってみた。
一人暮らしゆえ、煮物は何日かにわたって食べることになる。冷めたり温めたりということを前提にすれば、牛よりも豚のほうが良いという結論に達したのであった。東京も長年暮らすと郷に従えというヤツだ。

最近では豚肉も入れない肉じゃがを作る。肉の代わりに登場するのが麩だ。
ニンジン玉ねぎを炒めた後、普通の肉じゃがの味付けをしたら、水に漬けた後軽くしぼった麩を入れる。しばし煮たら、最後に強火にして余分な水分をとばしつつ味を凝縮させる。
信じられないかも知れないが、以外にイケル。是非試してみてほしい。

この前は、いざ作ろうと思ったらニンジンを切らしていた。仕方なく玉ねぎと麩、さすがにもの足りず油揚げを入れてみた。もはや何と呼んでいいのかわからない料理だが、玉ねぎがトロトロ、麩もトロリン、油揚げもイイ感じ。これで天下泰平である。

そんなものを作って悦に入っていたら、たまたま仕事場で麩の話になった。
先輩曰く、親に「麩が好きだなんて言うな」と教育されたのだそうな。理由は「貧乏ったらしいから」。
イヤハヤ、その通りでございます。


(2007.5.2)



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