台所に立つことの動機は、やはり「お腹がすいた」、「おいしいものが食べたい」、それで十分なのだ。シャンソン歌手「藤原素子」が綴る、日々の、普通の食卓のレシピ

貧すれど鈍せず

パン

始めてパンを焼いてみた。

これまで、いろいろなパンを食べてきた。
パン屋でバイトをしたこともあった。
そのパン屋では、残ったパンを持って帰ってよかったので、私は毎日残ったパンを山のように持って帰った。
近所に配ったり、食パン関係は冷凍にしたりしたものの、甘いペストリーなどは早く食べてしまわなければならないという一心で、朝にも夜中にもムシャムシャかじってしまい、確実に体重を増やしてしまったこともあった。

そのバイト以来、パン屋を見ると、ふらふらと入ってしまう習性がついてしまったが、その時、何年か分のパンを食べてしまったとみえて、近頃はあまりパンに執着することはないのが現状だ。

後にもう一度、パンにハマってしまったことがあった。
トルコ旅行の後である。

今、行きたい国を挙げるとすると、私は迷わずトルコを選ぶ。
世界中で稀に見る親日国であることが、大きな理由のひとつであるが、一番の理由は、トルコ料理のおいしさだ。

トルコと言えば、ケバブサンドなど有名で、近頃は渋谷あたりにも屋台風に作られた店で食べることができるが、その他にも数々のおいしい料理がたくさんある。
現にトルコにいる間、私はケバブサンドを食べたいと思いつつ、他に食べたいものがありすぎて、ついに本場のケバブサンドを食べる余裕がなかったほどだ。
裕福なスルタン達の育んだ味覚からだろうか、他の国とは比べられないほどの様々なレパートリーを満喫できる。

野菜料理も豊富だし、黒海近くのレストランでは、鯵の塩焼きにそっくりの魚を食べることができたが、なかでも一番感激したのは、どこのレストランでも普通に出される、パンのおいしさだった。

その味をどう表現したらいいのだろうか。
香りがよく、気泡もちょうどいい感じに荒く、かみしめる程に味わいが増す。
単純で素朴なおいしさは、毎食食べても飽きない。
もちろん、トルコ料理との相性もピッタリだ。

そんなおいしいパンが、日本にもあるはずと、しばらくはご飯も食べずにパンに熱中した時期があった。
西に評判のパン屋があると聞けば、行ってその味を試し、東に老舗の店があれば、行って手あたり次第買い・・・。

しかし、いまだにあの味は見つけられていない。
第一、旅行先で出会った味を後になって求めること事態、所詮ムリなことなのだろう。
その国の気候や、自分の気分の高揚などによって、味覚も正常ではなくなっていると思われる。

もうひとつ、パンといえば、カナダのトロントに行ったときに食べた、タマゴパンがおいしかった。
トロントでは、スーパーでも、タマゴを練りこんだうすい黄色をしたパンがどこでも売られていたし、屋台で食べたホットドッグのパンも、この黄色いパンだった。
いずれも焼くときにゴマをふりかけてあるのが特徴のようだ。

イギリスでは、良く焼いた薄いトーストが印象的だった。
本立てのようなトーストスタンド(?)に並んだものに、バターやジャムを乗せて食べる。
昼食はなるべく節約して、スーパーでパンと、チーズやソーセージやそのまま食べられる野菜などを買って、公園などで済ませたが、どこで買っても、日本の食パンの厚さの半分くらいで、パンは、日本人が考える「主食」とはちょっと違うようだった。

さて、私が初めて焼いたパンはというと、ちょうどヒマにまかせて焼いてみたからいいようなものの、始めのタネの発酵から始めて、丸2日という時間を費やした。
一般の手作りパンよりも、使うドライイーストの量は少ないらしい。
直径30cmにも膨らんでいく様を見るのは楽しかったが、手間の割には、たいした味ではなかった。

普通の食パンも、大変な手間がかかっているのだとわかり、あまりパンに文句をいう気持ちはなくなった。
最近は、一斤98円のパンも、満足して食べている。



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