台所に立つことの動機は、やはり「お腹がすいた」、「おいしいものが食べたい」、それで十分なのだ。シャンソン歌手「藤原素子」が綴る、日々の、普通の食卓のレシピ

貧すれど鈍せず

調味料について

私は、調味料オタクなのではないかと思う。

一人暮しを始めたとき、塩やらコショウやら醤油やらを買いそろえていく自分が、半分嬉しいような、誇らしいような気持ちになったことを覚えている。
それまで、調味料など、自分で購入したことはなかったからだ。

実家では、醤油や酢などは、今でも一升ビンで買うのが普通だ。
日本酒やみりんなどは、少し前まで、酒屋さんが裏庭をチェックしては、たりないものを補充していく、という方式をとっていたようだ。
いわゆる「三河屋さん」だ。

さすがに、今ではこの手の商売は少なくなってしまった。
スーパーやディスカウントストアで買うほうが、安いからだ。
町内の家庭だけを相手にするという、小売業者には厳しい時代だと思う。

だが、考え直して見ると、流通ルートにのっとっている商売が、成り立っているということは、当然彼らがハネているものがあるはずだ。
実家の酢は、造っている工場から直接購入している。
その一升瓶の値段は、びっくりするほど安いのだ。
しかも、へんにむせたりすることのない、じつにまろみのある、おいしい酢なのである。

私は、醤油と酢と味噌は、実家から分けてもらっている。
これらの調味料は、生まれたときから馴染んでいる味だ。
過去には、そこらのスーパーで買ったものを使っていたこともあるが、とてもじゃないが、その馴染んだ味にはかなうものではない。
たまに小料理屋などで刺身などを食べても、醤油がK社のものだったりすると、がっかりする。
おいしい醤油で食べれば、数倍もおいしい刺身になるのに。

もっとも、この醤油を、すべての人がおいしいと思うかどうかは疑わしい。
過去に付き合った男の中には、「K社のほうがいい」などと、のたまわった男もいた。
彼にとっては、K社の醤油こそが、生まれたときから馴染んだ味だったのだ。

おなじことが、魚介類についてもいえるだろう。
私は瀬戸内の魚を食べて育った。
東京のスーパーで売っているものは、私にとって、魚とは思えないのである。
同様に、日本海で育った人は、瀬戸内の魚は身がしまっていないと感じるらしい。

ようするに、味覚というものは、個人個人が長年にわたって培ってきたもので、その気候風土や、それに付随する状況などがあいまって、蓄積した、その結果のことを指すのではないかと思う。
その一人一人違うものを、統一して考えることは、もういいかげんにやめてもらいたいものである。

せめて、調味料くらいは、自分の味に合ったものをせいぜい取りそろえるがよろしい。
あるいは、食材を買い込んで、いざ調理していくにあたって、あの調味料がないがために、ねらった味にできなかった、という経験は、おそらく誰にでもあるのではないか。
こうして私は、調味料オタクと化してしまったのだ。

さて、我が家の調味料を書き並べていくと、前述の醤油、酢、味噌の他に、砂糖、塩、コショウ、みりん、ほんだし、料理酒など、これらは最低限どこの家庭にでもあるものだ。
どこの家庭にでもあるといえば、ソース、ケチャップ、マヨネーズなどがそれを追う。

その他のものを、列挙してみようか。

荒塩は、フランスの海水でつくったミネラルたっぷりのもの。
これでにぎったおにぎりは、塩だけでも充分おいしい。

ニンニク醤油。
ニンニクを醤油につけ込んだあとのもの。
チャーハンにも、炒め物にも使える。

辛みとしては、ねりワサビ、粒マスタード、七味唐辛子、鷹の爪、トウバンジャン、タバスコ、グリーンペッパーのタバスコ、チリペッパーの他に、チリを酢につけたもの。
これは、ハラペーニョと言ったほうが有名かもしれない。

ほんだし、白だし、中華スープの素、固形ブイヨン。
カレー粉、ナツメグ、シナモン、ピクルス用スパイスミックス、粉山椒。
薄力粉、強力粉、ベーキングパウダー、片栗粉、パン粉。
オイスターソース、ナンプラー、ゴマ、青のり、粉かつお、八角。

・・・書いていくうちに、ひょっとしたらこれは、どこの家庭にも常備しているものばかりではないか、と思い直してきた。

こんなものを列挙したって、なーんだ、ウチの方が調味料オタクだわ、という声が聞こえてきそうなのでやめようと思うが、あらためて見てみると、日本の家庭には、なんと多くの調味料があることか。

あまり買うこともないので、素通りしてしまうが、スーパーの調味料売り場などは、あきれるほどの品数だ。

私もインスタントのだしは使う。
スパイスを石で挽いたりもしないし、本来はラー油だって、簡単に作れるのだが、出来合いのものを使ったりする。
これは使用する頻度の問題もあるが、「寄せ鍋のだし」や、「炒め物の素」は買わない。
一度は使ってみたものの、味の悪さに辟易して、懲りてしまったからだ。

結局は、おいしいと思う手抜きはするが、まずいと思えば、二度と買わないだけの話で、単においしいものが食べたいという、イヤシイ根性なだけ、なのである。



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