台所に立つことの動機は、やはり「お腹がすいた」、「おいしいものが食べたい」、それで十分なのだ。シャンソン歌手「藤原素子」が綴る、日々の、普通の食卓のレシピ

貧すれど鈍せず

カキ鍋

待ちに待った振り込みが会った。
今日は買い物をしまくることにする。
トイレットペーパーも、残り1ロールである。
カビキラーも買わなくてはならない。

私の家に、男性が訪ねてくることも、トンとなくなったこの頃である。
が、いつまた「またとないチャンス」が巡ってみるやもしれない。
いつもお風呂場くらいは、きれいにしておきたいものだ。
年末は早くから帰省していたので、この頃になって、家のあちこちを掃除している。
「なまけものの正月働き」とは言うが、ハウスキーピング的には、私の家では年が明けていないことになる。

カビキラーは、年に1度くらいしか掃除をしないお風呂場にでも、短時間で効果が現われる、実にすぐれものだと思う。
しかし、最近はニオイも弱いものが開発されたとはいえ、あの塩素臭と、あまりにピカピカになってしまうので、ぜったい環境にいいはずがない。
こんなものを排水溝に流してしまっていいのだろうか、と不安になりながら、つい使ってしまう。

ちなみに私は台所洗剤というものはほとんど使っていない。
ある時、毛糸で編んだスポンジを使ってからというもの、用がなくなってしまったのだ。
そのスポンジは、毛糸の種類がポイントらしいのだが、それ以来、私は台所洗剤のコマーシャルを見るたびに、ケッとつぶやいてしまう。
それほど汚れが落ちる。
むろん、これほど地球にやさしいものはない。

こんな私でも、年に一度は、いつか過ごす甘い時のために、「カビキラー」を流してしまう。
人間の悲しい性である。

とにかく、生活必需品を買ってしまうと、結構な額になった。
ここでいい気になって食料品を買い込んでしまうと、あとで困ることは目に見えている。

おそるおそるスーパーに入ると、なんと今日は野菜の100円セールをやっていた。
やはり普段の行いがものをいうのだ。

ニンジン、キャベツ、大根、生シイタケを買う。
すべて100円。
鮮魚コーナーにいくと、広島産カキが目に飛び込んできた。
この「広島産」に、私は弱いのだ。
故郷が隣の県、ということもあるが、じっさい広島産カキはおいしい。
おまけに今日は目玉商品らしく、加熱用の三陸ものよりも安い。
この冬のはじめは、広島産カキは不漁といわれていたが、堂々たる大粒である。
半分は酢ガキにして、あとはカキ鍋にすることにする。

考えてみれば、いつから生のカキを食べられるようになったのだろう。
子供のころ、カキ鍋の横には、いつも大人のために、酢ガキの皿があった。
両親は晩酌をしながら、そのカキを大事そうに食べていた。
私の母は、子供にも大人と同じように、たいていのものを食べさせていたが、さすがに生のカキは食べられないと思ったのだろう。
あるいは、こんなにおいしいものを、子供に覚えさせては大変、とふんだのかもしれない。

スーパーを出ると、冷たい風が吹きつけてきた。
今朝も、明け方、自分の咳で目が覚めた。
おりしもインフルエンザがはやっているらしいと、TVでやっていた。
鍋でも食べて、暖まらなければ。

さっそく土鍋に水をはって点火する。
一人前なので、水は少なめでいいだろう。
味は味噌仕立てにするつもりだが、今日はちょっと変わった鍋にしよう。

まず、中華スープの素を振り入れる。
ニンニクは包丁でたたきつぶす。
タカの爪も入れる。
ここに大根、ニンジンなど好みで具を入れるがよい。
私はささがきのゴボウと、ほうれんそう、シイタケを入れた。
味噌も溶かし入れる。
そしてここに、牛乳を100ccほど注ぎ入れてみよう。

後はカキを入れ、カキに火がとおる寸前に食べるのだが、牛乳の成分が固まって、白く浮いてくるだろう。
見た目は美しくないが、これはあまり深く考えずに食べてしまってよい。
もし、澄んだスープの美しい鍋を食べたいなら、この素材費を10倍して、小奇麗な料理屋にゆくがよい。
ちなみに私は、そのような店に行くと「鍋奉行」にまかせて、手出しはしない。
監視役として、「奉行」のアラを探すほうが、圧倒的に楽しいのだ。



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